酔古堂剣掃 / 集素・墨を磨るは病兒の如し
磨墨如病兒,把筆如壯夫。
新字:磨墨如病児,把筆如壮夫。
書き下し
墨を磨るは病兒の如く、筆を把るは壯夫の如し。
現代語訳
墨をするときは病気の子どものように力を抜いてゆっくりと、筆を握るときは壮年の男のように力強くします。
解説
書を書く際の二つの動作について、力の入れ方の違いを鮮やかに対比した一則です。墨は力を入れて速く磨ると粒子が粗くなり、よい墨色が出ません。そこで病気の子どものように、力を抜いてゆっくり磨るのがよいとされます。反対に、筆を執るときは壮年の男のように、気力を込めてしっかりと握れと言います。書道の心得として伝えられてきた言葉です。準備はゆっくり丁寧に、本番は思い切りよく。この緩急の使い分けは、書道に限らず、あらゆる仕事や稽古に通じるものです。焦って準備を雑にし、本番でかえって縮こまるという逆の失敗を、私たちはよくしてしまいます。
この章句が説くこと
書道文房緩急修身稽古
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