酔古堂剣掃 / 集素・硯田に惡歲無く酒國に長春有り
客過草堂問:「何感慨而甘棲遯?」餘倦於對,但拈古句答曰:「得閒多事外,知足少年中。」問:「是何功課?」曰:「種花春掃雪,看籙夜焚香。」問:「是何利養?」曰:「硯田無惡歲,酒國有長春。」問:「是何還往?」曰:「有客來相訪,通名是伏羲。」
新字:客過草堂問:「何感慨而甘棲遯?」余倦於対,但拈古句答曰:「得閒多事外,知足少年中。」問:「是何功課?」曰:「種花春掃雪,看籙夜焚香。」問:「是何利養?」曰:「硯田無悪歳,酒国有長春。」問:「是何還往?」曰:「有客来相訪,通名是伏羲。」
書き下し
客草堂に過りて問ふ、「何の感慨ありてか棲遯に甘んずる」と。 餘對ふるに倦み、但だ古句を拈りて答へて曰く、「閒を得るは事外に多く、足るを知るは少年の中なり」と。 問ふ、「是れ何の功課ぞ」と。曰く、「花を種ゑて春に雪を掃ひ、籙を看て夜に香を焚く」と。 問ふ、「是れ何の利養ぞ」と。曰く、「硯田に惡歲無く、酒國に長春有り」と。 問ふ、「是れ何の還往ぞ」と。曰く、「客有り來りて相訪ふ、名を通ずれば是れ伏羲なり」と。
現代語訳
客が草堂に立ち寄って、「どんな思いがあって、世を逃れて隠れ住むことに甘んじているのですか」と尋ねました。私は答えるのが面倒だったので、ただ古人の句を取り上げて答えました。「暇を得ているのは多くが世事の外にいるからで、足るを知ったのは若いうちからのことです」。客が「毎日どんな日課をしているのですか」と尋ねると、「春には花を植えて雪を掃き、夜には道家の書を見て香を焚きます」と答えました。「どんな収入で暮らしを養っているのですか」と尋ねると、「硯の田には不作の年がなく、酒の国にはいつまでも春があります」と答えました。「どんな人と行き来しているのですか」と尋ねると、「訪ねて来る客がいて、名を名乗れば伏羲です」と答えました。
解説
隠者の暮らしを問答の形でユーモラスに描いた一則です。棲遯は世を逃れて隠れ住むこと、功課は日課、利養は生計、還往は付き合いのことです。答えはすべて古人の詩句を借りたもので、面倒な説明を詩に託してかわすところに洒脱さがあります。籙は道家の秘書、硯田は硯を田にたとえて文筆で暮らしを立てることで、文章を書く仕事には凶作がないというのです。酒国の長春は、酒に酔えばいつも春だという意味です。最後の伏羲は太古の聖王で、陶淵明が北窓の下で自ら羲皇上人と称したことを思わせ、訪れるのは太古の素朴な心だけだという洒落です。生き方を問われて、理屈ではなく軽やかな言葉で返す余裕が光ります。
この章句が説くこと
隠逸清貧知足読書問答
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