酔古堂剣掃 / 集素・三宿の後、頹然嗒然たり
堂中設木榻四,素屏二,古琴一張,儒道佛書各數卷。樂天既來為主,仰觀山,俯聽水,傍睨竹樹雲石,自辰及酉,應接不暇。俄而物誘氣和,外適內舒,一宿體寧,再宿心恬,三宿後,頹然嗒然,不知其然而然。
新字:堂中設木榻四,素屏二,古琴一張,儒道仏書各数巻。楽天既来為主,仰観山,俯聴水,傍睨竹樹雲石,自辰及酉,応接不暇。俄而物誘気和,外適内舒,一宿体寧,再宿心恬,三宿後,頽然嗒然,不知其然而然。
書き下し
堂中に木榻四つ、素屏二つ、古琴一張、儒道佛の書各おの數卷を設く。 樂天既に來りて主と為り、仰ぎては山を觀、俯しては水を聽き、傍らには竹樹雲石を睨み、辰より酉に及ぶまで、應接に暇あらず。 俄かにして物誘ひ氣和し、外適ひ內舒び、一宿にして體寧く、再宿にして心恬らかに、三宿の後、頹然嗒然として、其の然るを知らずして然り。
現代語訳
堂の中には木の寝台を四つ、飾りのない屏風を二つ、古い琴を一張、儒教・道教・仏教の書をそれぞれ数巻置きました。楽天(唐の白居易)がここに来て主となると、仰いでは山を眺め、うつむいては水の音を聞き、傍らには竹や木、雲や石を見やって、朝の辰の刻から夕方の酉の刻まで、次々と目に入るものに応じる暇もないほどでした。やがて周りの物に誘われて気持ちが和らぎ、外は心地よく内はのびやかになり、一晩泊まると体が安らぎ、二晩で心が穏やかになり、三晩過ぎると、ぐったりと我を忘れて、なぜそうなったのか分からないままにそうなっていました。
解説
唐の白居易が廬山に草堂を建てたときの記録、『廬山草堂記』の一節です。楽天は白居易の字で、江州に左遷された時期に廬山の香炉峰のふもとに草堂を営みました。調度は木の寝台、白い屏風、古琴、三教の書だけという簡素さです。辰は午前八時ごろ、酉は午後六時ごろです。頽然はくずれるようにくつろぐさま、嗒然は『荘子』斉物論に見える、我を忘れたさまです。一晩、二晩、三晩と心身がほどけていく描写が見事で、自然の中で暮らすことが人をどう変えるかがよく分かります。旅先でも数日かけて初めて心がほどけることを、私たちもよく知っています。
この章句が説くこと
閑適自然白居易住まい休息
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