酔古堂剣掃 / 集素・白雲も亦た客に贈るべし
鄙吝一銷,白雲亦可贈客;渣滓盡化,明月自來照人。
新字:鄙吝一銷,白雲亦可贈客;渣滓尽化,明月自来照人。
書き下し
鄙吝一たび銷ゆれば、白雲も亦た客に贈るべし。 渣滓盡く化すれば、明月自ら來りて人を照らす。
現代語訳
けちで卑しい心がいったん消えれば、白い雲でさえ客に贈ることができます。心のかすがすっかり溶けてしまえば、明月がおのずとやって来て人を照らします。
解説
心の汚れを払えば、自然の美が自分のものになると説いた対句です。鄙吝はけちで卑しい心、渣滓は酒や薬のしぼりかすで、心に残る俗なわだかまりをたとえます。白雲を客に贈るとは、南朝梁の陶弘景が、山中に何があるかと問われて、嶺の上に白雲が多いが自ら楽しむだけで君に贈ることはできないと詩で答えた話を踏まえると読めます。陶弘景は贈れないと言いましたが、ここでは心が清ければ雲さえ贈り物になると言い換えています。物惜しみの心を捨てると、お金では買えない豊かさを人と分かち合えるようになります。心の在り方が、受け取れる美しさの量を決めるのです。
この章句が説くこと
清貧無欲修身白雲明月
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