酔古堂剣掃 / 集素・語激すれば人をして筆を投ぜしむ
文章之妙:語快令人舞,語悲令人泣,語幽令人冷,語憐令人惜,語險令人危,語慎令人密;語怒令人按劍,語激令人投筆,語高令人入雲,語低令人下石。
新字:文章之妙:語快令人舞,語悲令人泣,語幽令人冷,語憐令人惜,語険令人危,語慎令人密;語怒令人按剣,語激令人投筆,語高令人入雲,語低令人下石。
書き下し
文章の妙、語快なれば人をして舞はしめ、語悲しければ人をして泣かしめ、語幽なれば人をして冷やかならしめ、語憐れなれば人をして惜しましめ、語險なれば人をして危ぶましめ、語慎めば人をして密ならしむ。 語怒れば人をして劍を按ぜしめ、語激すれば人をして筆を投ぜしめ、語高ければ人をして雲に入らしめ、語低ければ人をして石を下さしむ。
現代語訳
文章のすばらしさとは次のようなものです。言葉が痛快なら人を躍り上がらせ、悲しければ人を泣かせ、奥深く静かなら人をひんやりさせ、哀れなら人に惜しませ、危うければ人をはらはらさせ、慎み深ければ人を用心深くさせます。怒りを帯びれば人に剣の柄を握らせ、激しければ人に筆を投げ捨てさせ、高ければ人を雲の上に連れて行き、低ければ人に石を投げ落とさせます。
解説
言葉が人の心と行動をどれほど動かすかを、十の例で並べた一則です。前半の六つは、喜び、悲しみ、寂しさ、憐れみ、危うさ、慎みといった感情を呼び起こす力を言います。後半の四つは、さらに人を行動へと駆り立てる力です。按剣は剣の柄に手をかけること、投筆は後漢の班超が筆を投げ捨てて武人の道に進んだ故事を踏まえます。下石は、井戸に落ちた人に石を投げ落とす落井下石の言葉を思わせ、卑しい言葉は人を卑しい行いに誘うと読めます。言葉は人を高めもし、貶めもします。発信する言葉がどんな行動を生むかまで考えて書く責任を感じさせる一則です。
この章句が説くこと
文章言葉読書感情表現
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