酔古堂剣掃 / 集素・心苟くも事無ければ則ち息自ら調ふ
心苟無事,則息自調;念苟無欲,則中自守。
書き下し
心苟くも事無ければ、則ち息自ら調ひ、 念苟くも欲無ければ、則ち中自ら守る。
現代語訳
心にもし煩わしい事がなければ、呼吸はおのずと整います。思いにもし欲がなければ、内なる心はおのずと守られます。
解説
心と呼吸、欲と内面の安定との関係を簡潔に述べた対句です。無事は心に煩いごとがないこと、息は呼吸のことです。呼吸を調えることは坐禅や道教の修養で重んじられますが、ここでは無理に整えなくても、心が静まれば呼吸は自然に落ち着くと言います。中は心の内、自守はおのずと保たれることです。欲がなければ外のものに心が引きずられず、内面が乱れません。緊張すると呼吸が浅くなるように、心と体はつながっています。逆に、深く息をして心を静めることもできます。慌ただしい日々の中で、ときどき自分の呼吸に意識を向けてみたくなる一則です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
養生無欲修身呼吸静寂
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