酔古堂剣掃 / 集素・山中に三樂有り
山中有三樂。薜荔可衣,不羨繡裳;蕨薇可食,不貪粱肉;箕踞散發,可以逍遙。
新字:山中有三楽。薜荔可衣,不羨繍裳;蕨薇可食,不貪粱肉;箕踞散発,可以逍遥。
書き下し
山中に三樂有り。 薜荔衣るべし、繡裳を羨まず。 蕨薇食ふべし、粱肉を貪らず。 箕踞して髮を散らし、以て逍遙すべし。
現代語訳
山の中には三つの楽しみがあります。つたかずらを衣とすることができるので、刺繍を施した衣装をうらやみません。わらびやぜんまいを食べることができるので、上等な米や肉をむさぼりません。足を投げ出して座り、髪をほどいて、のびのびと気ままに過ごすことができます。
解説
山中の隠者暮らしの三つの楽しみを数え上げた一則です。薜荔はつる性の植物で、『楚辞』九歌の山鬼の姿にも見える、山の精や隠者の衣とされるものです。蕨薇はわらびとぜんまいで、周の粟を食むことを恥じた伯夷と叔斉が首陽山で薇を採って食べた故事を思わせます。箕踞は両足を投げ出して座る、礼儀にとらわれない姿勢、散髪は冠を着けず髪をほどくことです。逍遙は『荘子』の逍遙遊に通じる、束縛のない自在な遊びです。衣食住を簡素にすれば、見栄や礼儀の窮屈さからも解放されるという発見は、今日の身軽な暮らし方にも通じます。
この章句が説くこと
隠逸清貧逍遥自然素朴
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