酔古堂剣掃 / 集素・誦讀に真趣有り
田園有真樂,不瀟灑終為忙人;誦讀有真趣,不玩味終為鄙夫;山水有真賞,不領會終為漫游;吟詠有真得,不解脫終為套語。
新字:田園有真楽,不瀟灑終為忙人;誦読有真趣,不玩味終為鄙夫;山水有真賞,不領会終為漫游;吟詠有真得,不解脱終為套語。
書き下し
田園に真樂有り、瀟灑ならざれば終に忙人と為る。 誦讀に真趣有り、玩味せざれば終に鄙夫と為る。 山水に真賞有り、領會せざれば終に漫游と為る。 吟詠に真得有り、解脫せざれば終に套語と為る。
現代語訳
田園には本当の楽しみがありますが、さっぱりと執着を離れなければ、結局は忙しい人で終わります。読書には本当の味わいがありますが、じっくり味わわなければ、結局は卑しい者で終わります。山水には本当の鑑賞がありますが、心で会得しなければ、結局はあてのない遊覧で終わります。詩歌を吟じることには本当に得るものがありますが、型から抜け出さなければ、結局は決まり文句で終わります。
解説
田園、読書、山水、詩作という四つの風雅に、それぞれ落とし穴があると説いた一則です。瀟灑はさっぱりとして俗気のないこと、玩味はじっくり味わうこと、領会は心で会得すること、解脱はとらわれから抜け出すことです。套語は型どおりの決まり文句です。形の上では同じことをしていても、心の持ち方ひとつで、田舎暮らしが忙しさに、読書が知識自慢に、旅が物見遊山に、詩が決まり文句に変わってしまいます。趣味や学びを始めるとき、外形をなぞるだけでなく、その中にある本当の楽しみにまで降りていけているかを問い直させてくれます。
この章句が説くこと
読書風雅閑適真趣田園
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