酔古堂剣掃 / 集醒・書札は工巧ならんより直陳す
揮灑以怡情,與其應酧,何如兀坐;書札以達情,與其工巧,何若直陳;棋局以適情,與其競勝,何若促膝;笑談以洽情,與其謔浪,何若狂歌。
新字:揮灑以怡情,与其応酧,何如兀坐;書札以達情,与其工巧,何若直陳;棋局以適情,与其競勝,何若促膝;笑談以洽情,与其謔浪,何若狂歌。
書き下し
揮灑して以て情を怡ばしむ、其の應酧せんよりは、何ぞ兀坐するに如かん。書札は以て情を達す、其の工巧ならんよりは、何ぞ直陳するに若かん。棋局は以て情に適ふ、其の勝を競はんよりは、何ぞ膝を促すに若かん。笑談は以て情を洽す、其の謔浪せんよりは、何ぞ狂歌するに若かん。
現代語訳
筆を揮うのは心を楽しませるためです。付き合いのために書くくらいなら、じっと座っているほうがよいのです。手紙は気持ちを伝えるためです。技巧を凝らすくらいなら、率直に書くほうがよいのです。碁は心を和ませるためです。勝ち負けを争うくらいなら、膝を寄せて語り合うほうがよいのです。談笑は心を通わせるためです。ふざけすぎるくらいなら、思いきり歌うほうがよいのです。
解説
書画、手紙、碁、談笑という四つの楽しみについて、その本来の目的を見失うなと説く一則です。揮灑は筆を揮って書画を書くこと、応酬は付き合いで求められて書くこと、兀坐はじっと座っていることです。どの楽しみも、本来は情、つまり心を楽しませ、伝え、和ませ、通わせるためのものです。ところが、付き合い、技巧、勝負、悪ふざけが入り込むと、かえって心が疲れ、目的から外れてしまいます。そうなるくらいなら、何もしないか、もっと素朴な形で楽しむほうがよいというのです。趣味や付き合いがいつの間にか義務や競争になっていないか、その楽しみは何のためだったかを思い出させてくれる言葉です。
この章句が説くこと
風雅率直閑適交友趣味
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