酔古堂剣掃 / 集靈・一死一生、輪の如し
一翻一覆兮如掌,一死一生兮如輪。
書き下し
一たび翻り一たび覆ること、掌の如く、 一たび死し一たび生くること、輪の如し。
現代語訳
ひっくり返ってはまた覆るさまは、手のひらを返すようであり、死んでは生まれるさまは、車輪がめぐるようです。
解説
世の移り変わりと生死の循環を、手のひらと車輪にたとえた対句です。翻覆は裏返ることで、唐の杜甫の貧交行に、手を翻せば雲となり手を覆せば雨となると、人情の変わりやすさを詠んだ句があります。後半の一死一生は、仏教でいう生死の輪廻を思わせます。輪は車輪で、絶えずめぐり止まることがありません。兮は調子を整える助字です。集霊の最後に置かれたこの句は、栄枯盛衰も生死もめぐりゆくものだと見定める、醒めた目を示しています。浮き沈みの激しい時代に、一時の成功にも失敗にもとらわれすぎないための心構えとして読めます。
この章句が説くこと
無常輪廻処世人情盛衰
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