酔古堂剣掃 / 集靈・其の積累の難きを念ふべし
問祖宗之德澤,吾身所享者,是當念其積累之難;問子孫之福祉,吾身所貽者,是要思其傾覆之易。
新字:問祖宗之徳沢,吾身所享者,是当念其積累之難;問子孫之福祉,吾身所貽者,是要思其傾覆之易。
書き下し
祖宗の德澤を問へば、吾が身の享くる所の者、是れなり、當に其の積累の難きを念ふべし。 子孫の福祉を問へば、吾が身の貽す所の者、是れなり、要ず其の傾覆の易きを思ふべし。
現代語訳
祖先の恩恵とは何かと問えば、いま自分の身が受けているものがそれです。それが積み重ねられるまでの苦労を思うべきです。子孫の幸福とは何かと問えば、いま自分の身が後に残すものがそれです。それがたやすく覆ってしまうことを思わなければなりません。
解説
自分を、祖先から受け継ぎ子孫へ手渡す中継ぎとして見る一則です。徳沢は徳の恵み、貽すは後に残すことです。いま享受しているものは先人が長い年月をかけて積み上げたものであり、その苦労を忘れてはならないと言います。同時に、自分が次の世代に残すものは、少しの油断で簡単に崩れてしまうと戒めます。菜根譚にもほぼ同じ句があります。家業や会社、地域の信用なども同じで、築くのに何十年もかかったものが一代の慢心で失われることがあります。受けた恩を思い、残すものを慎重に守る姿勢が求められます。
この章句が説くこと
家訓報恩承継修身菜根譚
関連する章句
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菜根譚・前集祖宗の徳沢を問わば、吾が身の享くる所の者是なり。当に其の積累の難きを念うべし。子孫の福祉を問わば、吾が身の貽(のこ)す所の者是なり。其の傾覆の易きを思うを要す。
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『酔古堂剣掃』集素・吾は本薄福の人なり吾は本薄福の人なり、宜しく福を惜しむの事を行ふべし。 吾は本薄德の人なり、宜しく德を厚くするの事を行ふべし。
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『酔古堂剣掃』集素・惟だ好き樣を兒孫に留むるのみ吾の一身すら、常に少は壯に同じからず、壯は老に同じからざる有り。 吾の身後、焉んぞ子の能く父に肖、孫の能く祖に肖る有らんや。 此くの如く期するは、必ず妄想に屬す、盡くすべき所の者は、惟だ好き樣を兒孫に留むるのみ。
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『酔古堂剣掃』集醒・金帛多ければ子孫の眼淚少なし金帛多ければ、只だ是れ垂死の時に子孫の眼淚少なきを博し得るのみ、其の他を知らず、爭ひ有るを知るのみ。金帛少なければ、只だ是れ垂死の時に子孫の眼淚多きを博し得るのみ、亦た其の他を知らず、哀しみ有るを知るのみ。
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『格言聯璧』齊家類・現在の福は燈を點ずるが如し心術は罪を天地に得べからず、言行は好き樣を留めて兒孫に與ふるを要す。 現在の福は、祖宗より積む者なれば、惜しまざるべからず。 將來の福は、子孫に貽す者なれば、培はざるべからず。 現在の福は燈を點ずるが如し、點ずるに隨ひて則ち隨ひて竭く。