酔古堂剣掃 / 集靈・此の三餘に當りて一意に學を問ふ
夜者日之餘,雨者月之餘,冬者歲之餘。當此三餘,人事稍疏,正可一意問學。
新字:夜者日之余,雨者月之余,冬者歳之余。当此三余,人事稍疏,正可一意問学。
書き下し
夜は日の餘、雨は月の餘、冬は歲の餘なり。此の三餘に當りては、人事稍疏なり、正に一意に學を問ふべし。
現代語訳
夜は一日の余りの時間、雨の日はひと月の余りの時間、冬は一年の余りの時間です。この三つの余りの時間には、世間の付き合いや用事が少なくなるので、まさに一心に学問に励むべきです。
解説
三国時代の魏の董遇が説いた、三余の読書論として知られる言葉です。董遇は、学問をしたいが時間がないと言う人に、冬は歳の余り、夜は日の余り、陰雨は時の余りだ、この三余を使えばよいと答えたと伝えられます。人事は世間の付き合いや雑事、疏はまばらで少ないことです。昼間や晴れの日、農繁期には仕事に追われますが、夜や雨の日、冬には用事が減るので、それを学びに使えというのです。時間がないというのは、多くの場合、言い訳にすぎません。通勤の時間や、予定のない休日の夜など、今の暮らしにも三余は隠れています。その余りの時間をどう使うかで、人生は大きく変わります。
この章句が説くこと
学問読書時間勤勉故事
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