酔古堂剣掃 / 集靈・甘雨の時に降るに若かず
取涼於箑,不若清風之徐來;激水於槔,不若甘雨之時降。
新字:取涼於箑,不若清風之徐来;激水於槔,不若甘雨之時降。
書き下し
涼を箑に取るは、清風の徐ろに來るに若かず、水を槔に激するは、甘雨の時に降るに若かず。
現代語訳
扇であおいで涼をとるのは、すがすがしい風がゆっくり吹いてくるのには及ばず、はねつるべで水を汲み上げるのは、恵みの雨がちょうどよい時に降るのには及びません。
解説
人の工夫よりも、自然の恵みのほうがまさるという一則です。箑は扇、槔ははねつるべで、てこの原理で井戸の水を汲み上げる道具です。甘雨は作物を潤す恵みの雨のことです。扇で自分をあおいでも涼しさはわずかで疲れますが、自然の風は労せずして全身を涼しくしてくれます。はねつるべで苦労して水を汲んでも、ちょうどよく降る雨にはかないません。人の力には限りがあり、自然の大きな働きにはかなわないということです。仕事でも、無理に力でねじ伏せるより、時機を待ち、自然な流れに乗るほうが大きな成果につながることがあります。焦らず時を待つことも、一つの知恵です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
自然時機無為処世忍
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