酔古堂剣掃 / 集靈・書外に交はりを論ずれば睡り最も賢し
人人愛睡,知其味者甚鮮;睡則雙眼一合,百事俱忘,肢體皆適,塵勞盡消,即黃梁南柯,特餘事已耳。靜修詩云:「書外論交睡最賢。」旨哉言也。
新字:人人愛睡,知其味者甚鮮;睡則双眼一合,百事倶忘,肢体皆適,塵労尽消,即黄梁南柯,特余事已耳。静修詩云:「書外論交睡最賢。」旨哉言也。
書き下し
人人睡りを愛す、其の味を知る者は甚だ鮮し。睡れば則ち雙眼一たび合ひ、百事俱に忘れ、肢體皆適ひ、塵勞盡く消ゆ、即ち黃梁南柯も、特だ餘事なるのみ。靜修の詩に云ふ、「書外に交はりを論ずれば睡り最も賢し」と。旨なるかな言や。
現代語訳
誰もが眠ることを好みますが、その味わいを本当に知っている人はごく少ないのです。眠れば両目がひとたび閉じて、あらゆることを忘れ、手足はみなくつろぎ、世の煩いはすべて消えてしまいます。黄粱の夢や南柯の夢(どちらも短い眠りに栄華の一生を見た話)などは、おまけのことにすぎません。静修(元の儒者劉因)の詩に「書物のほかに友を論じるなら、眠りが一番賢い友だ」とあります。うまいことを言ったものです。
解説
眠りの楽しみを、しみじみと讃えた一則です。塵勞は仏教で煩悩のことを言い、世の中の煩わしさを指します。黄梁は黄粱の夢で、唐の小説枕中記に、盧生が粟の飯が炊けるまでの短いうたた寝で一生の栄華を夢見た話です。南柯は同じく唐の南柯太守伝で、槐の木の下の蟻の国で栄華を極める夢を見た話です。編者は、そうした夢の筋書きよりも、眠りそのものの安らぎこそが味わうべきものだと言います。静修は元の儒者劉因の号で、書物の次に良い友は眠りだという句を引いています。睡眠を削って働くことを美徳としがちな今、眠りを楽しむ心を取り戻すことは、心身の健康にとって大切です。
この章句が説くこと
睡眠養生閑適読書休息
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