酔古堂剣掃 / 集靈・優人は台を下りて還た優人
優人代古人語,代古人笑,代古人憤,今文人為文似之。優人登台肖古人,下台還優人,今文人為文又似之。假令古人見今文人,當何如憤,何如笑,何如語?
新字:優人代古人語,代古人笑,代古人憤,今文人為文似之。優人登台肖古人,下台還優人,今文人為文又似之。仮令古人見今文人,当何如憤,何如笑,何如語?
書き下し
優人は古人に代りて語り、古人に代りて笑ひ、古人に代りて憤る、今の文人の文を為すは之に似たり。優人は台に登りて古人に肖、台を下りて還た優人たり、今の文人の文を為すは又之に似たり。假令古人今の文人を見ば、當に何如に憤り、何如に笑ひ、何如に語るべき。
現代語訳
役者は古人に代わって語り、古人に代わって笑い、古人に代わって憤ります。今の文人が文章を作るのはこれに似ています。役者は舞台に上がると古人に似せますが、舞台を下りればもとの役者に戻ります。今の文人が文章を作るのは、またこれにも似ています。もし古人が今の文人を見たら、どんなに憤り、どんなに笑い、どんなふうに語ることでしょうか。
解説
古人の言葉を借りるだけの当時の文人を、役者にたとえて皮肉った一則です。優人は芝居の役者のことです。明の後期には、古人の文体をまねることを重んじる擬古の風潮があり、それに反発して、自分の心から出た言葉を書けと主張する文人も現れました。この一則は、その批判を鋭く表したものです。役者が舞台を下りれば素顔に戻るように、古人をまねた文章の書き手も、筆を置けば古人の精神とは無縁の俗人だというのです。最後に、古人の側から今の文人を見返させる結びが痛烈です。人の言葉を借りるだけでなく、自分の経験から考えた言葉で語ることの大切さは、今の文章や発言にも通じます。
この章句が説くこと
文章学問模倣批評表現
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