酔古堂剣掃 / 集靈・何ぞ燭を秉りて游ばざる
前人云:「晝短苦夜長,何不秉燭游?」不當草草看過。
新字:前人云:「昼短苦夜長,何不秉燭游?」不当草草看過。
書き下し
前人云ふ、「晝短くして夜の長きに苦しむ、何ぞ燭を秉りて游ばざる」と。當に草草として看過すべからず。
現代語訳
昔の人は「昼は短く夜の長さに苦しむのなら、どうして灯火を手にして遊ばないのか」と言いました。これをいいかげんに読み過ごしてはいけません。
解説
漢代の古詩十九首の一首、生年不満百の句を引いて、じっくり味わえと勧める一則です。この詩は、人の命は百年にも満たないのに、千年の憂いを抱えている、昼が短く夜が長いのを嘆くなら、灯をともして遊べばよいと歌います。草草は、ぞんざいに、いいかげんにという意味です。一見すると享楽を勧めるだけの句に見えますが、その底には、限られた命を憂いで無駄にするなという切実な思いがあります。だからこそ軽く読み流すなと編者は言うのです。時間が足りないと嘆くより、今ある時間をどう楽しみ、どう生かすかを考えることが大切だという教えとして、今の私たちにも響きます。
この章句が説くこと
無常人生閑適時間詩
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