酔古堂剣掃 / 集靈・文を為すは每に口占を事とす
執筆惟憑於手熟,為文每事於口占。
新字:執筆惟憑於手熟,為文毎事於口占。
書き下し
筆を執るは惟だ手の熟するに憑り、文を為すは每に口占を事とす。
現代語訳
筆を執るときは、ただ手の慣れに頼り、文章を作るときは、いつも口ずさんで作ります。
解説
書くことと作文の心得を、手と口の二つで言った対句です。手熟は何度も書いて手が慣れていることで、字の上手下手は理屈より練習の量で決まるという考えです。口占は下書きをせずに口に出しながら詩文を作ることで、声に出して調子を確かめながら言葉を整える方法を指します。昔の文章は音読されるものだったので、口に出して滑らかであることが大切でした。技は理屈ではなく体に覚え込ませるもので、文章は目だけでなく耳でも確かめるものだというのです。今でも、書いた文章を声に出して読むと、わかりにくいところや調子の悪いところにすぐ気づけます。
この章句が説くこと
文章書道学問練習表現
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