酔古堂剣掃 / 集靈・聖人の氣象を見んと欲せば
欲見聖人氣象,須於自己胸中潔淨時觀之。
新字:欲見聖人気象,須於自己胸中潔浄時観之。
書き下し
聖人の氣象を見んと欲せば、須らく自己の胸中潔淨なる時に於て之を觀るべし。
現代語訳
聖人の気風を知りたいと思うなら、自分の胸の中が清らかに澄んでいるときに、それを観るべきです。
解説
聖人を遠くに求めず、自分の澄んだ心の中に見よと説く一句です。氣象は人柄からにじみ出る気風や雰囲気のことで、宋の儒者たちは孔子や顔回の気象を体得することを重んじました。書物で聖人の言葉を読むだけでは、その人柄はわかりません。自分の心が私欲から離れて澄んだとき、はじめて聖人の穏やかさや大きさが、内側から感じ取れるというのです。心が濁っているときに立派な人を見ても、ひがみや疑いが先に立ってしまいます。尊敬する人から学ぼうとするときも、まず自分の心を整えることで、その人の本当の良さが見えてくるのではないでしょうか。
この章句が説くこと
修身聖人心境儒家清浄
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