酔古堂剣掃 / 集靈・千岩秀を競ひ萬壑流れを爭ふ
千岩競秀,萬壑爭流,草木蒙籠其上,若雲興霞蔚。
新字:千岩競秀,万壑争流,草木蒙籠其上,若雲興霞蔚。
書き下し
千岩秀を競ひ、萬壑流れを爭ふ、草木其の上に蒙籠として、雲興り霞蔚むが若し。
現代語訳
無数の岩山が美しさを競い合い、無数の谷川が先を争うように流れています。草木がその上にこんもりと茂って、まるで雲がわき起こり霞がたなびくかのようです。
解説
東晋の画家顧愷之が、会稽から帰って山川の美しさを問われたときに答えた言葉で、世説新語に見えます。会稽は今の浙江省紹興のあたりで、山水の美しさで知られた土地です。千と萬、岩と壑、秀と流れを対にして、山と水の両方の勢いを一気に描きます。蒙籠は草木がこんもりと覆う様子、雲興霞蔚は雲や霞が盛んに立ちこめる様子です。たった四句で景色の大きさと生気を伝える、簡潔で力強い表現が名高く、後世の山水の描写に大きな影響を与えました。旅先で感動を人に伝えるとき、多くを語るより、要となる言葉を選び抜くほうが伝わるという手本にもなります。
この章句が説くこと
山水自然風雅表現顧愷之
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