酔古堂剣掃 / 集靈・空山に雨を聽く
空山聽雨,是人生如意事。聽雨必於空山破寺中,寒雨圍爐,可以燒敗葉,烹鮮筍。
新字:空山聴雨,是人生如意事。聴雨必於空山破寺中,寒雨囲炉,可以焼敗葉,烹鮮筍。
書き下し
空山に雨を聽くは、是れ人生の如意の事なり。雨を聽くは必ず空山破寺の中に於てし、寒雨に爐を圍み、以て敗葉を燒き、鮮筍を烹るべし。
現代語訳
人けのない山で雨の音を聴くのは、人生の中でも思いどおりの楽しいことです。雨を聴くなら必ず人のいない山の荒れ寺の中で、冷たい雨の日に炉を囲み、落ち葉を焚いて、とれたての筍を煮るのがよいのです。
解説
雨音を楽しむのにふさわしい場所としつらえを述べた一則です。空山は人けのない静かな山、破寺は崩れかけた古寺です。如意事は思いどおりになる、心にかなうことを言います。雨の日を憂うつなものとせず、かえって最上の楽しみの時とする発想に、文人の美意識があります。落ち葉を燃やして暖をとり、とれたての筍を煮るという具体的な描写が、寒さの中のぬくもりと季節の味わいを伝えます。雨の日の予定が流れたときこそ、窓辺で雨音を聴きながら温かい物を口にする時間に変えれば、それは失われた一日ではなく、特別な一日になります。
この章句が説くこと
閑適自然山居風雅雨
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