酔古堂剣掃 / 集靈・正人の行ひは多く板なり
才人之行多放,當以正斂之;正人之行多板,當以趣通之。
新字:才人之行多放,当以正斂之;正人之行多板,当以趣通之。
書き下し
才人の行ひは多く放なり、當に正を以て之を斂むべし。正人の行ひは多く板なり、當に趣を以て之を通ずべし。
現代語訳
才気ある人の行いは、とかく気ままになりがちなので、正しさによって引きしめるべきです。まじめな人の行いは、とかく堅苦しくなりがちなので、趣によってほぐすべきです。
解説
才人と正人、それぞれの陥りやすい欠点と補い方を示した対句です。放は締まりがなく気ままなこと、斂は引きしめることです。板は板のように硬くて融通がきかないこと、通はそれを通じさせ柔らかくすることです。才能のある人は型破りな振る舞いで周りを困らせがちで、まじめな人は正しさに縛られて窮屈になりがちです。どちらにも長所があり、それぞれ反対側のものを少し取り入れることで、釣り合いが取れるというのです。自分がどちらの型に近いかを考え、足りない側を意識して補うことは、仕事の場でも人付き合いでも役に立ちます。
この章句が説くこと
修身中庸才能趣味人物
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