酔古堂剣掃 / 集靈・急なれば則ち韋を佩ぶ
調性之法,急則佩韋,緩則佩弦;諧情之法,水則從舟,陸則從車。
新字:調性之法,急則佩韋,緩則佩弦;諧情之法,水則従舟,陸則従車。
書き下し
性を調ふるの法は、急なれば則ち韋を佩び、緩なれば則ち弦を佩ぶ。情を諧ふるの法は、水なれば則ち舟に從ひ、陸なれば則ち車に從ふ。
現代語訳
性格を整える方法は、せっかちなら柔らかいなめし革を身につけ、のんびりしているなら張りつめた弓弦を身につけることです。気持ちを和らげる方法は、水の上なら舟に従い、陸の上なら車に従うことです。
解説
自分の性格の偏りを補う工夫と、境遇に合わせる柔軟さを説いた対句です。前半は韓非子に見える故事で、戦国時代の西門豹は短気なのでなめし革を帯びて自分をゆるめ、董安于は気が長いので弓の弦を帯びて自分を引きしめたといいます。自分の弱点を自覚し、目に見える物で常に戒めるという方法です。後半は、水の上では舟に、陸の上では車に乗るように、置かれた場所に逆らわず従うことで心が穏やかになると言います。自分を変える工夫と、状況を受け入れる素直さの両方がそろってこそ、人は落ち着いて生きられます。自分の癖を知り、それを補う小さな習慣を持つことは、今でも役立つ知恵です。
この章句が説くこと
修身性格自省処世柔軟
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