酔古堂剣掃 / 集靈・青白眼を轉じて書を看る
以看世人青白眼,轉而看書,則聖賢之真見識;以議論人雌黃口,轉而論史,則左狐之真是非。
新字:以看世人青白眼,転而看書,則聖賢之真見識;以議論人雌黄口,転而論史,則左狐之真是非。
書き下し
世人を看る青白眼を以て、轉じて書を看れば、則ち聖賢の真の見識なり。人を議論する雌黃の口を以て、轉じて史を論ずれば、則ち左狐の真の是非なり。
現代語訳
世間の人を好き嫌いで見分けるその目を、書物に向け直せば、聖賢の本当の見識を見抜く目となります。人をあれこれ批評するその口を、歴史を論じることに向け直せば、左丘明や董狐のような本当の是非の判断となります。
解説
人の品定めに使っている眼と口を、書物と歴史に振り向けよと勧める対句です。青白眼は、晋の阮籍が気に入った人には黒目で、俗人には白目で応対したという故事から、人の好き嫌いを表します。雌黃は昔、文字を消して書き直すのに使った顔料で、転じて人の言葉をあれこれ直し批評することを言います。左狐は、春秋左氏伝の作者とされる左丘明と、権力者を恐れず事実を記した晋の史官董狐のことです。人を裁く鋭さは、向け先を変えれば学問の力になるというのです。人の噂や批評に費やしている時間と力を、読書や学びに回せば、それだけで大きな成長につながるでしょう。
この章句が説くこと
読書歴史学問批評修身
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