酔古堂剣掃 / 集靈・世間の常道を盡くして出世を論ず
完得心上之本來,方可言了心;盡得世間之常道,才堪論出世。
新字:完得心上之本来,方可言了心;尽得世間之常道,才堪論出世。
書き下し
心上の本來を完うし得て、方に心を了すと言ふべし。世間の常道を盡くし得て、才かに出世を論ずるに堪ふ。
現代語訳
心のもともとの姿を完全に保ち得てはじめて、心を悟ったと言えます。世の中の当たり前の道をやり尽くしてはじめて、俗世を離れることを論じる資格があります。
解説
悟りや出世間を語る前に、足もとを固めよと説く対句です。心上の本來は、生まれつき誰もが持っている澄んだ心、了心はその心を悟りきることです。常道は世の中で人が当然守るべき道、たとえば親に仕え、仕事を果たし、人と誠実に付き合うことです。出世は仏教の言葉で、俗世の迷いを離れることを言います。世間の務めから逃げるための出家や隠遁は、本当の出世ではないというのです。目の前の仕事や家族への責任をきちんと果たした人の言葉だからこそ、悟りや達観の話にも重みが生まれます。
この章句が説くこと
修身仏教常道処世悟り
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『酔古堂剣掃』集靈・必ず出世する者は方に能く入世す必ず世を出づる者にして、方に能く世に入る、不らざれば則ち世緣墮ち易し。必ず世に入る者にして、方に能く世を出づ、不らざれば則ち空趣持し難し。
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菜根譚・後集世を出づるの道は、即ち世を渉る中に在り。必ずしも人を絶ちて以て世を逃れず。心を了するの功は、即ち心を尽くす内に在り。必ずしも欲を絶ちて以て心を灰にせず。
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『酔古堂剣掃』集醒・世を逃れて名を逃れず心を了すれば自ら事を了す、猶ほ根拔けて草生ぜざるがごとし。世を逃れて名を逃れざるは、羶存して蚋還た集まるに似たり。
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『酔古堂剣掃』集素・思ひを少なくし欲を寡なくす獨り林泉に臥し、曠然として自適し、利無く營無く、思ひを少なくし欲を寡なくす、身を修め世を出づるの法なり。
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『酔古堂剣掃』集靈・外は世を厭ふも未だ世を離るる能はず意古を慕ふも、先づ古を存し、未だ敢へて古に反らず。 心世を持するも、外は世を厭ひ、未だ世を離るる能はず。
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『酔古堂剣掃』集醒・了了を知らざるは是れ了了佛も只だ是れ個の了、仙も也た是れ個の了、聖人は了了として了を知らず。了了を知らざるは是れ了了、若し了了を知らば、便ち了せず。