酔古堂剣掃 / 集醒・世を逃れて名を逃れず
了心自了事,猶根拔而草不生;逃世不逃名,似羶存而蚋還集。
新字:了心自了事,猶根抜而草不生;逃世不逃名,似羶存而蚋還集。
書き下し
心を了すれば自ら事を了す、猶ほ根拔けて草生ぜざるがごとし。世を逃れて名を逃れざるは、羶存して蚋還た集まるに似たり。
現代語訳
心の迷いを片づければ、事の煩いも自然に片づきます。それは根を抜けば草が生えてこないのと同じです。世間から逃れても名声への思いから逃れなければ、なまぐさい肉が残っていてブヨがまた集まってくるのに似ています。
解説
問題の根を断つことの大切さを、草とブヨのたとえで示した対句です。菜根譚にもほぼ同じ句があります。了心は心の迷いを片づけること、了事は事の煩いを片づけることです。外の出来事をいくら処理しても、心に原因が残っていれば同じ悩みが生えてきます。羶はなまぐさい肉で、蚋はブヨです。山に隠れて世を捨てたつもりでも、名声を求める心が残っていれば、人やしがらみがまた寄ってきます。形だけ隠遁しても意味がなく、心の内の執着を断つことが先だというのです。環境を変えれば悩みが解決すると思いがちですが、転職や引っ越しの前に、自分の心の中の根を見つめることも必要でしょう。
この章句が説くこと
修身名利隠逸執着処世
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