酔古堂剣掃 / 集峭・空門に缽を洗へば花雨紛紛たり
道院吹笙,松風裊裊;空門洗缽,花雨紛紛。
新字:道院吹笙,松風裊裊;空門洗鉢,花雨紛紛。
書き下し
道院に笙を吹けば、松風裊裊たり、空門に缽を洗へば、花雨紛紛たり。
現代語訳
道教の寺で笙を吹けば、松を渡る風がたおやかに響き、仏の寺で鉢を洗えば、花の雨がはらはらと降ってきます。
解説
道教と仏教の二つの寺の清らかな情景を、対にして描いた一則です。道院は道士の修行する道観、笙は竹の管を束ねた笛で、仙人が好む楽器とされます。裊裊は音や煙がたおやかに漂うさまです。空門は仏門のこと、缽は托鉢の鉢です。花雨は仏が説法をすると天から花が降ったという経典の話を思わせ、ここでは散りしきる花びらでもあります。笙の音と松風、鉢を洗う水音と花びらという、耳と目の両方に訴える静けさがあります。宗派を問わず、心を澄ませる場所にはこうした清らかさがあります。自分にとっての静かな場所を持つことは、心の支えになります。
この章句が説くこと
閑寂仏教道教風雅自然
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