酔古堂剣掃 / 集靈・先づ熱惱を除くに若かず
擇池納涼,不若先除熱惱;執鞭求富,何如急遣窮愁。
新字:択池納涼,不若先除熱悩;執鞭求富,何如急遣窮愁。
書き下し
池を擇びて涼を納るるは、先づ熱惱を除くに若かず。鞭を執りて富を求むるは、何ぞ急ぎ窮愁を遣るに如かん。
現代語訳
池を選んで涼を取るよりも、まず心の熱い悩みを取り除くほうがよいのです。鞭を執る卑しい役目をしてまで富を求めるより、急いで貧しさの憂いを追い払うほうがどれほどよいでしょうか。
解説
外の条件を変えるより心を変えよ、と説く対句です。熱惱は仏教の語で、心を焼く煩悩の苦しみを言います。暑さをしのぐのに涼しい池を探し回るより、心のいらだちを静めるほうが先だというのです。執鞭は論語で孔子が、富が求めて得られるものなら鞭を執る役人にでもなろう、と言った言葉を踏まえています。富を追いかけても貧しさの憂いは消えず、憂いそのものを心から追い払うほうが早いと言います。お金や環境を整えれば悩みが消えると考えがちですが、心の持ち方を先に整えることで、同じ暮らしが楽になる場合があります。
この章句が説くこと
修身心境清貧仏教知足
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