酔古堂剣掃 / 集靈・閒一刻を得れば即ち一刻の樂しみ
如今休去便休去,若覓了時無了時。若能行樂,即今便好快活。身上無病,心上無事,春鳥是笙歌,春花是粉黛。閒得一刻,即為一刻之樂,何必情欲乃為樂耶?
新字:如今休去便休去,若覓了時無了時。若能行楽,即今便好快活。身上無病,心上無事,春鳥是笙歌,春花是粉黛。閒得一刻,即為一刻之楽,何必情欲乃為楽耶?
書き下し
如今休み去らば便ち休み去れ、若し了る時を覓めば了る時無し。若し能く樂しみを行はば、即今便ち好く快活なり。身上に病無く、心上に事無ければ、春鳥は是れ笙歌、春花は是れ粉黛。閒一刻を得れば、即ち一刻の樂しみと為す、何ぞ必ずしも情欲にして乃ち樂しみと為さんや。
現代語訳
今休もうと思うなら、すぐに休みなさい。区切りのつく時を探していたら、区切りのつく時などいつまでも来ません。楽しもうと思うなら、今すぐにでも快く楽しめます。体に病気がなく、心に心配事がなければ、春の鳥の声は笙の音楽であり、春の花は化粧した美人です。わずかでも暇ができれば、それがそのまま、そのわずかな時の楽しみとなります。どうして欲望を満たすことだけを楽しみとする必要があるでしょうか。
解説
楽しみは今ここにあるという、明快な人生訓です。冒頭の二句は、仕事が片づいたら休もうと思っていると、いつまでも休めないという真理を突いています。了る時は、けりがつく時のことです。笙歌は笙の笛と歌、粉黛はおしろいと眉墨で、化粧した女性のことです。体が健やかで心に憂いがなければ、鳥の声が音楽になり、花が美人になる。特別な娯楽や欲望の満足がなくても、身の回りにはすでに楽しみがあふれているというのです。いつか休もう、いつか楽しもうと先延ばしにしがちな現代人にこそ響く言葉です。今日の小さな空き時間を、まず楽しんでみましょう。
この章句が説くこと
閑適知足今健康休息
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