酔古堂剣掃 / 集靈・言は快意の處に遇はば當に住むべし
事遇快意處當轉,言遇快意處當住。
新字:事遇快意処当転,言遇快意処当住。
書き下し
事快意の處に遇はば當に轉ずべし、言快意の處に遇はば當に住むべし。
現代語訳
物事が思いどおりに運んで痛快なところに来たら、そこで向きを変えるべきです。話が調子に乗って痛快なところに来たら、そこで止めるべきです。
解説
うまくいっているときこそ引き際を考えよ、という処世の知恵です。快意は思いどおりで気持ちがよいこと、轉ずは方向を変えること、住むは止まることです。物事は絶頂に達すると、あとは下り坂になるだけです。だから調子のよいときにこそ、次の手を考えて転換するのが賢明だというのです。言葉も同じで、話が弾んで気持ちよくなったときほど、言わなくてよいことまで口にしてしまいがちです。菜根譚にも、得意のときこそ慎めという趣旨の言葉が多く見られます。会議でも宴席でも、盛り上がったところで一歩引く余裕を持つことが、失敗を防ぎ、信頼を得る秘訣なのでしょう。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
節度処世引き際言葉自戒
関連する章句
-
葉隠・聞書第一方々(ほうぼう)招請(しょうせい)に参られ心入(こころい)れになり、話など致され候由(そうろうよし)。この前(まえ)数年(すうねん)の内も、人の為になることばかりを楽(たの)しみ、極々(ごくごく)の奉公好(ほうこうず)きなり。それゆゑ一(ひと)かど御用(ごよう)には立たれ候。人は得意な方に老耄する者なれば、奉公老耄(ほうこうろうもう)、人の為になりても老耄はあぶなきなり。老人は他出せぬが重(おも)くして、しまりよきなり。
-
言志四録・言志後録 第百九十二条 語は簡にして意達す人と語るには、大いに発露して傾倒に過ぐべからず。只だ語簡にして意達するを要す。
-
『春秋左氏伝』桓公五年 繻葛の戦い五年春正月、甲戌、己丑、陳侯鮑卒す、再び赴ぐるなり。是に於いて陳亂る。文公の子佗大子免を殺して之に代はる。公疾病にして亂作る。國人分散す、故に再び赴ぐ。夏、齊侯・鄭伯紀に朝す、以って之を襲はんと欲す。紀人之を知る。王鄭伯の政を奪ふ。鄭伯朝せず。秋、王諸侯を以って鄭を伐つ。鄭伯之を禦ぐ。王中軍と為る。虢公林父右軍に將たり、蔡人・衛人焉に屬す。周公黑肩左軍に將たり、陳人焉に屬す。鄭の子元左拒と為りて、以って蔡人・衛人に當たり、右拒と為りて、以って陳人に當たらんことを請ふ。曰く、「陳亂れて、民鬬心有る莫し。若し先づ之を犯さば、必ず奔らん。王の卒之を顧みば、必ず亂れん。蔡・衛は枝へず、固より將に先づ奔らんとす。既にして王の卒に萃まらば、以って事を集す可し」と。之に從ふ。曼伯右拒と為り、祭仲足左拒と為り、原繁・高渠彌中軍を以って公を奉じ、魚麗の陳を為す。偏を先にし伍を後にし、伍承けて彌縫す。繻葛に戰ふ。二拒に命じて曰く、「旝動かば鼓せよ」と。蔡・衛・陳皆奔る。王の卒亂る。鄭の師合して以って之を攻む。王の卒大いに敗る。祝聃王を射て肩に中つ。王も亦た能く軍す。祝聃之に從はんと請ふ。公曰く、「君子は多く人に上たらんことを欲せず。況や敢へて天子を陵がんや。苟も自ら救ひて、社稷隕つること無くんば、多なり」と。夜、鄭伯祭足をして王を勞ひ、且つ左右を問はしむ。仍叔の子來聘す、弱なればなり。秋、大いに雩す。書するは、時ならざればなり。凡そ祀は、啟蟄にして郊し、龍見れて雩し、始めて殺して嘗し、閉蟄にして烝す。過ぐれば則ち書す。冬、淳于公曹に如く。其の國の危ふきを度り、遂に復らず。
-
論語・顔淵篇子貢、友を問う。子曰く、「忠告して善く之を道き、不可なれば則ち止む。自ら辱めらるること毋かれ。」
-
『酔古堂剣掃』集靈・一分の閒事を攬れば永く閒を得ず一句の好言を說き得れば、此の懷庶幾くは才かに好し。一分の閒事を攬り了れば、此の身永く閒を得ず。
-
『呻吟語』内篇・談道・行かざるを得ざる所に行く君子の事に於けるや、其の行かざるを得ざる所に行き、其の止まらざるを得ざる所に止まる。言に於けるや、其の語らざるを得ざる所に語り、其の默せざるを得ざる所に默す。尤悔庶幾はくは寡からん。