酔古堂剣掃 / 集峭・蒼松は古柏と齊しく齡を增す
瑤草與芳蘭而並茂,蒼松齊古柏以增齡。
新字:瑤草与芳蘭而並茂,蒼松斉古柏以增齢。
書き下し
瑤草は芳蘭と並び茂り、蒼松は古柏と齊しく以て齡を增す。
現代語訳
玉のような草は香り高い蘭と並んで茂り、青々とした松は古い柏と肩を並べて年を重ねていきます。
解説
すぐれたものどうしが並び立ち、ともに長く栄えることを願う対句です。瑤草は仙境に生えるという美しい草、芳蘭は香り高い蘭で、どちらも高潔な人のたとえです。蒼松と古柏は、冬にも緑を失わない常緑樹で、論語に、歳寒くして然る後に松柏の彫むに後るるを知る、とあるように、節操を守る君子の象徴です。よい人がよい人と並び、ともに年を重ねていく姿は、長寿の祝いの言葉としてもふさわしいものです。よい仲間と切磋琢磨しながら年を重ねることは、人生の大きな幸せです。互いに高め合える人と、長く付き合っていきたいものです。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
交友節操長寿自然君子
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