酔古堂剣掃 / 集峭・片語も亦た九鼎より重し
傲骨、俠骨、媚骨,即枯骨可致千金;冷語、雋語、韻語,即片語亦重九鼎。
新字:傲骨、侠骨、媚骨,即枯骨可致千金;冷語、雋語、韻語,即片語亦重九鼎。
書き下し
傲骨、俠骨、媚骨は、即ち枯骨も千金を致すべし。冷語、雋語、韻語は、即ち片語も亦た九鼎より重し。
現代語訳
誇り高い気骨、義侠の気骨、人を惹きつける魅力の骨柄があれば、たとえ朽ちた骨になっても千金の値がつきます。冷ややかな言葉、味わい深い言葉、風雅な言葉であれば、たとえ一言でも九つの鼎より重いのです。
解説
人の骨柄と言葉の重さを、故事を踏まえて述べた一則です。枯骨も千金を致すは、燕の昭王が人材を招くとき、死んだ名馬の骨を千金で買った者の話を郭隗から聞いた、という故事を思わせます。九鼎は夏の禹王が作ったという国宝の鼎で、一言が九鼎より重いとは、言葉の信用と重みをいう表現です。傲骨は権力におもねらない誇り、俠骨は義に厚い心、媚骨はここでは人を惹きつける魅力の意でとりました。雋語は含蓄のある言葉です。人の値打ちは肩書きではなく骨柄に、言葉の値打ちは量ではなく質にある。数少なくとも、重みのある言葉を話す人でありたいものです。
この章句が説くこと
気骨言葉品格故事修身
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