酔古堂剣掃 / 集峭・跡は連珠に似る
疊輕蕊而矜暖,布重泥而訝濕;跡似連珠,形如聚粒。
新字:畳軽蕊而矜暖,布重泥而訝湿;跡似連珠,形如聚粒。
書き下し
輕蕊を疊みて暖を矜り、重泥を布きて濕を訝る。跡は連珠に似、形は聚粒の如し。
現代語訳
軽い花しべを積み重ねて暖かさを誇り、重い泥を敷きつめては湿り気を気にかけます。その跡は連なった真珠のようで、形は粒を寄せ集めたようです。
解説
燕が巣を作るさまを描いた賦の一節とみられ、次の則と対をなしていると考えられます。輕蕊は軽い花のしべで、巣の内側に敷いて暖かくするもの、重泥は巣の土台に塗りつける泥です。燕の巣は泥を小さな粒にしてくちばしで運び、一つずつ積み上げて作るので、その跡が真珠を連ねたように見え、全体は粒を寄せ集めた形になります。小さな鳥が、ひと粒ひと粒の泥を運んで住まいを作り上げる姿には、地道な積み重ねの尊さがあります。どんなに大きな仕事も、小さな一歩の積み重ねでできあがります。燕の巣を見るたびに思い出したい姿です。
この章句が説くこと
自然勤勉積み重ね観察燕
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