説苑 / 立節
齊人有子蘭子者,事白公勝,勝將為難,乃告子蘭子曰:「吾將舉大事於國,願與子共之。」子蘭子曰:「我事子而與子殺君,是助子之不義也;畏患而去子,是遁子於難也。故不與子殺君以成吾義,契領於庭,以遂吾行。」
新字:斉人有子蘭子者,事白公勝,勝将為難,乃告子蘭子曰:「吾将舉大事於国,願与子共之。」子蘭子曰:「我事子而与子殺君,是助子之不義也;畏患而去子,是遁子於難也。故不与子殺君以成吾義,契領於庭,以遂吾行。」
書き下し
斉人に子蘭子なる者有り。白公勝に事う。勝将に難を為さんとし、乃ち子蘭子に告げて曰わく、「吾将に大事を国に挙げんとす、子と共にせんことを願う」と。子蘭子曰わく、「我子に事えて子と与に君を殺すは、是れ子の不義を助くるなり。患を畏れて子を去るは、是れ子を難に遁るるなり。故に子と与に君を殺して以て吾が義を成さず、領を庭に契りて、以て吾が行いを遂げん」と。
現代語訳
斉の国に子蘭子という者がいた。白公勝に仕えていた。勝が反乱を起こそうとして、子蘭子に「私はこれから国において大事を起こそうと思う。あなたと共に事を成したい」と告げた。子蘭子は言った。「私があなたに仕えながらあなたと共に主君を殺せば、それはあなたの不義を助けることになります。かといって、災いを恐れてあなたのもとを去れば、それはあなたを困難な状況に見捨てて逃げることになります。だから、私はあなたと共に主君を殺してまで自分の義を保つことをせず、この場で自らの首を刎ねることで、私自身の行いを貫きます」と。
解説
主君殺しに加担することも、危険を恐れて主人のもとを去ることも、どちらも子蘭子にとっては受け入れがたい選択肢であった。前者は不義への加担、後者は主人を見捨てる不誠実にあたる。彼が選んだのはその場での自死という、いずれの妥協も拒む第三の道であった。忠誠と正義が真っ向から対立し、どちらを選んでも自分の信念を裏切ることになる究極の板挟みにおいて、妥協ではなく自らの命を絶つことで筋を通そうとするこの選択は、現代の倫理観からは極端に映るが、忠誠と正義のどちらも安易に切り捨てない姿勢の激しさを物語っている。
この章句が説くこと
忠義板挟み正義
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