説苑 / 立節
楚平王使奮揚殺太子建,未至而遣之,太子奔宋,王召奮揚,使城父人執之以至,王曰:「言出於予口,入於爾耳,誰告建也?」對曰:臣告之,王初命臣曰:「事建如事余,臣不佞,不能貳也;奉初以還,故遣之,已而悔之,亦無及也。」王曰:「而敢來,何也?」對曰:「使而失命,召而不來,是重過也,逃無所入。」王乃赦之。
新字:楚平王使奮揚殺太子建,未至而遣之,太子奔宋,王召奮揚,使城父人執之以至,王曰:「言出於予口,入於爾耳,誰告建也?」対曰:臣告之,王初命臣曰:「事建如事余,臣不佞,不能貳也;奉初以還,故遣之,已而悔之,亦無及也。」王曰:「而敢来,何也?」対曰:「使而失命,召而不来,是重過也,逃無所入。」王乃赦之。
書き下し
楚の平王、奮揚をして太子建を殺さしむ。未だ至らざるに之を遣る。太子宋に奔る。王奮揚を召し、城父の人をして之を執えて以て至らしむ。王曰わく、「言予が口より出でて、爾が耳に入る、誰か建に告げしや」と。対えて曰わく、臣之に告げたり。王初め臣に命じて曰わく、「建に事うること予に事うるが如くせよ」と。臣佞ならず、貳する能わず。初めを奉じて以て還り、故に之を遣る。已にして之を悔ゆるも、亦及ぶ無し、と。王曰わく、「而敢えて来たるは、何ぞや」と。対えて曰わく、「使いして命を失えば、召されて来たらず、是れ過を重ぬるなり。逃るるも入る所無し」と。王乃ち之を赦す。
現代語訳
楚の平王は奮揚に命じて太子建を殺させようとした。奮揚は太子のもとに至る前に、こっそり使いを送って建を逃がした。太子は宋に逃げた。王は奮揚を呼び出し、城父の役人に命じて彼を捕らえて連行させた。王は「私の口から出た言葉は、お前の耳に入っただけのはずだ。誰が建に告げたのか」と尋ねた。奮揚は答えた。「私が告げました。王は初め私に『建に仕えることは私に仕えるのと同じようにせよ』と命じられました。私は不誠実な者ではなく、二心を持つことはできません。その初めのご命令を守り通したので、建に知らせたのです。後になって悔いましたが、もはや及びません」と。王は「それなのになぜ自分から出頭してきたのか」と尋ねた。奮揚は答えた。「使命を受けながらそれを果たせず、召し出されても来なければ、それは過ちを重ねることになります。逃げても身を寄せる所などありません」と。王はそこで彼を赦した。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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葉隠・聞書第一敵を討ち取りたるよりは、主の為に死にたるが手柄なり。継信(つぐのぶ)が忠義に知られたり。
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