酔古堂剣掃 / 集峭・日暮れて巴陵の道を忘卻す
春至不知湘水深,日暮忘卻巴陵道。
新字:春至不知湘水深,日暮忘却巴陵道。
書き下し
春至りて湘水の深きを知らず、日暮れて巴陵の道を忘卻す。
現代語訳
春が来ても湘水の深さに気づかず、日が暮れても巴陵へ帰る道をすっかり忘れてしまいます。
解説
楽しさに我を忘れて時を過ごす様子を、洞庭湖のあたりの地名で描いた対句です。湘水は洞庭湖に注ぐ川、巴陵は洞庭湖のほとりの町で、今の岳陽のあたりです。春になって水かさが増しても気づかず、日が暮れても帰り道を忘れてしまうほど、景色や遊び、あるいは酒に夢中になっているのでしょう。何かに心を奪われると、周りの変化にも時間の経過にも気づかなくなるものです。そうした没頭は、人生の中でも幸せな時間の一つです。ただ、ときには自分がどこにいて、どこへ帰るのかを思い出すことも大切です。夢中と自覚の両方を持っていたいものです。
この章句が説くこと
閑適没頭自然旅風雅
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