酔古堂剣掃 / 集峭・陌上草薰る
遼水無極,雁山參雲,閨中風暖,陌上草薰。
新字:遼水無極,雁山参雲,閨中風暖,陌上草薫。
書き下し
遼水は極まり無く、雁山は雲に參はる、閨中は風暖かに、陌上は草薰る。
現代語訳
遼水は果てしなく流れ、雁門山は雲にまで届いています。部屋の中は風が暖かく、道のほとりには草が香っています。
解説
南朝の江淹の別賦にある一節で、遠く辺境に出征した夫と、家で待つ妻を対にしています。遼水は遼東の川、雁山は北方の雁門山で、どちらも遠い辺境の地です。果てしない川と雲に届く山は、夫のいる土地の遠さと厳しさを表します。一方、閨中は妻の部屋、陌上は道のほとりで、春の暖かさと草の香りが漂っています。穏やかな春の景色であればあるほど、共に過ごせない寂しさがつのります。遠く離れて暮らす家族は、今も単身赴任などで少なくありません。季節の移ろいを伝え合うだけでも、心の距離は近づくものです。
この章句が説くこと
別離情家族季節文学
関連する章句
-
『酔古堂剣掃』集法・新怨を以て舊恩を忘るる勿かれ小嫌を似て至戚を疏んずる毋かれ、新怨を以て舊恩を忘るる勿かれ。
-
『酔古堂剣掃』集靈・骨肉の變に處しては從容たるべし父兄骨肉の變に處しては、宜しく從容たるべく、宜しく激烈なるべからず。 朋友交游の失に遇ひては、宜しく剴切なるべく、宜しく優游なるべからず。
-
『幽夢影』巻下・以て難しと爲すべきも法と爲すべからず九世同居は誠に盛事爲り、然れども止だ當に割股・廬墓の者と一例と作して看るべし。以て難しと爲すべきも、以て法と爲すべからざるなり。
-
『忍経』五世同居張全翁言ふ、潞州に一農夫有り、五世同居す。太宗并州を討ち、其の舍を過ぎ、其の長を召し、之に訊ねて曰く、「若何の道ありて此に至る」と。對へて曰く、「臣他無し、唯だ能く忍ぶのみ」と。太宗以て然りと爲す。
-
孟子・盡心章句上孟子曰く、「君子に三樂有り。而して天下に王たるは、與り存せず。父母俱に存し、兄弟故無きは、一の樂しみなり。仰いで天に愧ぢず、俯して人に怍ぢざるは、二の樂しみなり。天下の英才を得て、之を教育するは、三の樂しみなり。君子に三樂有り。而して天下に王たるは、與り存せず。」
-
『忍経』九世同居張公藝は九世同居す。唐の高宗其の家に臨幸し、本末を問ふ。「忍」の字を書きて以て對ふ。天子流涕し、遂に縑帛を賜ふ。