酔古堂剣掃 / 集峭・卞和玉に泣く
至音不合眾聽,故伯牙絕弦;至寶不同眾好,故卞和泣玉。
新字:至音不合衆聴,故伯牙絶弦;至宝不同衆好,故卞和泣玉。
書き下し
至音は眾聽に合はず、故に伯牙弦を絕ち、至寶は眾好に同じからず、故に卞和玉に泣く。
現代語訳
最高の音楽は多くの人の耳には合わないので、伯牙は琴の弦を断ち切りました。最高の宝は多くの人の好みとは違うので、卞和は玉を抱いて泣きました。
解説
本当に優れたものは、世間には理解されにくいという嘆きを、二つの故事で示した対句です。伯牙は琴の名手で、自分の音楽を理解してくれた友の鍾子期が亡くなると、もう弾く意味はないと弦を断ったと伝えられます。卞和は楚の人で、山で見つけた宝玉の原石を王に献じたところ、ただの石だとされて両足を切られ、玉を抱いて三日三晩泣いたという話が韓非子に見えます。この玉は後に和氏の璧と呼ばれる名宝となりました。すぐれたものが理解されない悔しさは、いつの時代にもあります。それでも本物は、いつか分かる人に出会うものです。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
知音見識才能忍故事
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呂氏春秋・本味③伯牙、琴を鼓し、鍾子期之を聽く。琴を鼓するに方りて、志太山に在り。鍾子期曰く、「善きかな、琴を鼓すること、巍巍乎として太山の若し。」少選の間にして、志流水に在り。鍾子期又曰く、「善きかな琴を鼓すること。湯湯乎として流水の若し。」鍾子期死するや、伯牙琴を破り弦を絶ち、終身復た琴を鼓せず。以為えらく、世に復た為に琴を鼓するに足る者無し、と。獨り琴のみ此くの若くなるに非ざるなり。賢者も亦た然り。賢者有りと雖も、禮以て之に接する無ければ、賢奚に由りて忠を盡くさんや。猶ほ之を御すること善ならざれば、驥も自ら千里ならざるがごときなり。
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説苑・說叢鍾子期死して伯牙絃を絕ち琴を破る、世に鼓を為すべき莫きを知ればなり。惠施卒して莊子深く暝じて言わず、世に與に語るべき莫きを見ればなり。
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