説苑 / 說叢
鍾子期死而伯牙絕絃破琴,知世莫可為鼓也;惠施卒而莊子深暝不言,見世莫可與語也。
新字:鍾子期死而伯牙絶絃破琴,知世莫可為鼓也;恵施卒而荘子深暝不言,見世莫可与語也。
書き下し
鍾子期死して伯牙絃を絕ち琴を破る、世に鼓を為すべき莫きを知ればなり。惠施卒して莊子深く暝じて言わず、世に與に語るべき莫きを見ればなり。
現代語訳
鍾子期が死んで伯牙は琴の弦を断ち切り琴を打ち壊した。世の中にもはや自分の琴を聴き分けてくれる者がいないと知ったからである。恵施が亡くなって荘子は深く目を閉ざして口をつぐんだ。世の中にもはや共に語り合うべき相手がいないと悟ったからである。
解説
真の理解者を失った者の孤独を描く有名な二つの逸話を並べた章である。伯牙は自分の演奏を真に聴き分けてくれた鍾子期という知音を失い、二度と琴を弾かないと決意した。荘子もまた、論敵でありながら真に語り合える相手であった恵施を失い、口を閉ざしてしまった。この二つの逸話は、能力や才能を発揮する意味は、それを真に理解し受け止めてくれる相手の存在があってこそ成り立つという深い洞察を示している。現代においても、自分の仕事や言葉を本当に理解してくれる相手を持つことの得難さと、その存在を失ったときの喪失感の大きさを教えてくれる。
この章句が説くこと
知音伯牙絶弦理解者
関連する章句
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呂氏春秋・本味③伯牙、琴を鼓し、鍾子期之を聽く。琴を鼓するに方りて、志太山に在り。鍾子期曰く、「善きかな、琴を鼓すること、巍巍乎として太山の若し。」少選の間にして、志流水に在り。鍾子期又曰く、「善きかな琴を鼓すること。湯湯乎として流水の若し。」鍾子期死するや、伯牙琴を破り弦を絶ち、終身復た琴を鼓せず。以為えらく、世に復た為に琴を鼓するに足る者無し、と。獨り琴のみ此くの若くなるに非ざるなり。賢者も亦た然り。賢者有りと雖も、禮以て之に接する無ければ、賢奚に由りて忠を盡くさんや。猶ほ之を御すること善ならざれば、驥も自ら千里ならざるがごときなり。
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『列子』湯問篇伯牙善く琴を鼓し、鍾子期善く聽く。伯牙琴を鼓し、志高山に登るに在れば、鍾子期曰く、善いかな、峩峩乎として泰山の若し、と。志流水に在れば、鍾子期曰く、善いかな、洋洋乎として江河の若し、と。伯牙の念う所、鍾子期必ず之を得たり。伯牙泰山の陰に游び、卒かに暴雨に逢い、巖下に止まる。心悲しく、乃ち琴を援きて之を鼓す。初め霖雨の操を爲し、更めて崩山の音を造る。曲每に奏すれば、鍾子期輒ち其の趣を窮む。伯牙乃ち琴を舍きて嘆じて曰く、善いかな善いかな、子の聽くや。志の想い象ること猶お吾が心のごとし。吾何くにか聲を逃さんや、と。
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『淮南子』脩務訓夫れ規矩無くんば、奚仲と雖も以て方圓を定むる能わず。準繩無くんば、魯般と雖も曲直を定むる能わず。是の故に鍾子期 死して伯牙 弦を絕ち琴を破るは、世に賞する莫きを知ればなり。惠施 死して莊子 說言を寢むるは、世に與に語る可き者莫きを見ればなり。夫れ項讬 七歲にして孔子の師と爲るは、孔子 以て其の言を聽くこと有ればなり。年の少なきを以て、閭の丈人の爲に說かば、敲を救うに給わず。何の道か能く明らかにせん。
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説苑・尊賢或るひと曰く、「将に桓公を仁義と謂わんとするか、兄を殺して立つ、仁義に非ざるなり。将に桓公を恭倹と謂わんとするか、婦人と輿を同じくし、邑中に馳す、恭倹に非ざるなり。将に桓公を清潔と謂わんとするか、閨門の内、嫁すべき者無し、清潔に非ざるなり。此の三者は亡国失君の行いなり。然れども桓公兼ねて之を有す、管仲・隰朋を得るを以て、九たび諸侯を合わせ、一たび天下を匡し、畢く周室に朝せしめ、五霸の長と為る。其の賢佐を得ればなり。管仲・隰朋を失いて、豎刁・易牙に任じ、身死して葬られず、蟲流れて戸を出づ。一人の身、栄辱倶に施さるるは、何ぞや。其の任ずる所異なればなり」と。此に由りて之を観れば、則ち佐を任ずること急なり。周公旦は白屋の士、下る所の者七十人にして、天下の士皆至る。晏子は与に衣食を同じくする者百人にして、天下の士も亦た至る。仲尼は道を修め行い、文章を理めて、天下の士も亦た至る。伯牙子琴を鼓すれば、鍾子期之を聴く。方に鼓して志太山に在れば、鍾子期曰く、「善いかな鼓琴、巍巍乎として太山のごとし」と。少選の間にして、志流水に在れば、鍾子期復た曰く、「善いかな鼓琴、湯湯乎として流水のごとし」と。鍾子期死して、伯牙琴を破り絃を絶ち、終身復た琴を鼓さず、世に鼓琴を為すに足る者無しと為せばなり。独り鼓琴のみ此くの若きに非ざるなり、賢者も亦た然り。賢者有りと雖も之に接する以て無ければ、賢者奚に由りてか忠を尽くさん。驥自ら千里に至らざるは、伯楽を待ちて後に至ればなり。
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説苑・尊賢応侯賈午子と坐す。其の琴を鼓するの声を聞き、応侯曰く、「今日の琴、一に何ぞ悲しきや」と。賈午子曰く、「夫れ急に張りて調べ下きが故に、人をして悲しましむるのみ。急に張る者は、良材なり。調べ下き者は、官卑きなり。夫の良材を取りて之を卑官にす、安んぞ悲しみ無き能わんや」と。応侯曰く、「善いかな」と。
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