酔古堂剣掃 / 集峭・愁へて劉氏の北風圖を披く
魑魅滿前,咲著阮家無鬼論;炎囂閱世,愁披劉氏北風圖。
新字:魑魅満前,咲著阮家無鬼論;炎囂閲世,愁披劉氏北風図。
書き下し
魑魅前に滿つれば、咲ひて阮家の無鬼論を著し、炎囂世を閱すれば、愁へて劉氏の北風圖を披く。
現代語訳
化け物のような連中が目の前にあふれていれば、笑って阮家の無鬼論(鬼はいないという論)を書き、炎のように騒がしい世の中を見わたしては、うんざりして劉氏の北風図を広げて涼をとります。
解説
世の悪人や騒がしさに対する、皮肉なユーモアの一則です。魑魅は山や沢に住む化け物で、ここでは世にはびこる悪人のたとえです。阮家の無鬼論は、晋の阮瞻が鬼など存在しないと言い張っていたところ、客に化けた鬼が訪れて論争した末に正体を現したという話を踏まえています。劉氏の北風図は、漢の劉褒が描いた北風の絵で、見る人が寒さを感じたという話が博物志に伝わります。炎囂は炎のような暑苦しい騒がしさです。悪意や喧騒に正面からぶつかるより、笑い飛ばしたり、心の中に涼しい絵を持ったりする余裕が、自分を守る知恵になることもあります。
この章句が説くこと
処世機知故事心構え忍
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