酔古堂剣掃 / 集峭・厚顏の君子と作らず
吟詩劣於講學,罵座惡於足恭。兩而揆之,寧為薄行狂夫,不作厚顏君子。
新字:吟詩劣於講学,罵座悪於足恭。両而揆之,寧為薄行狂夫,不作厚顔君子。
書き下し
詩を吟ずるは學を講ずるに劣り、座を罵るは足恭より惡し。兩つながら之を揆れば、寧ろ薄行の狂夫と為るとも、厚顏の君子と作らず。
現代語訳
詩を吟じることは学問を講じることより劣り、宴席で人を罵ることは度を越してへりくだることより悪いとされます。けれども両者を比べてはかってみると、私はむしろ品行の軽い狂った男になっても、厚かましい顔をした君子にはなりたくありません。
解説
世間の価値の序列をいったん認めたうえで、あえて逆の側に立つ気骨を示した一則です。講學は道学者が学問を講じること、罵座は前漢の灌夫が宴席で権力者を罵った故事に由来する言葉です。足恭は『論語』で孔子が恥じると言った、度を越した恭しさ、つまりへつらいのことです。世間的には講学や恭しさが上とされますが、中身のない講学や、へつらいで固めた君子ぶりは厚顔にほかなりません。それならば、詩を吟じ思うままに罵る狂夫のほうがまだ正直だと言うのです。見かけの立派さより正直さを取る、集峭らしい激しい言葉です。建前だけの振る舞いに流されていないか省みたくなります。
この章句が説くこと
気骨正直偽善処世狂狷
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