酔古堂剣掃 / 集峭・阮嗣宗の眼內より雌黃を別つ
今古文章,只在蘇東坡鼻端定優劣;一時人品,卻從阮嗣宗眼內別雌黃。
新字:今古文章,只在蘇東坡鼻端定優劣;一時人品,却従阮嗣宗眼内別雌黄。
書き下し
今古の文章、只だ蘇東坡の鼻端に在りて優劣を定め、一時の人品、卻つて阮嗣宗の眼內より雌黃を別つ。
現代語訳
古今の文章は、ただ蘇東坡(宋の文豪)の鼻先ひとつで優劣が決まり、その時代の人物の品定めは、かえって阮嗣宗(魏の阮籍)の目の中で良し悪しが分けられます。
解説
文章の目利きと人物の目利きを、二人の名士で表した一則です。蘇東坡は北宋の蘇軾で、詩文書画すべてに優れ、文章の良し悪しを見分ける第一人者とされます。鼻端は鼻先のことで、においをかぎ分けるように直観で見抜くさまをいうのでしょう。阮嗣宗は阮籍で、気に入った人には黒目で、俗物には白目で接したという青眼白眼の話で知られます。雌黄は、昔、書き誤りを黄色の顔料で塗り消したことから、批評や訂正のことをいいます。本物の目利きの判断は、理屈ではなく一瞬の直観で下されるものです。その直観は、長年本物に触れ続けてこそ養われるのでしょう。
この章句が説くこと
見識文章人物批評読書
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