酔古堂剣掃 / 集峭・人の壁に題するを觀る
觀人題壁,便識文章。
新字:観人題壁,便識文章。
書き下し
人の壁に題するを觀れば、便ち文章を識る。
現代語訳
人が壁に書きつけた詩文を見れば、それだけでその人の文章の力量が分かります。
解説
何気ない書きつけにこそ力量が表れる、という短い一則です。題壁は、旅先の宿や寺の壁などに詩を書きつけることで、唐や宋の文人の間で盛んに行われ、蘇軾の「西林の壁に題す」はその代表です。改まって書いた作品は推敲で整えられますが、その場の興で壁に書いたものには、その人の地の実力と品格がそのまま出ます。わずかな字数からでも、見る目のある人には全体が分かるのです。仕事でも、正式な報告書よりちょっとしたメモや返信に、その人の考える力や気配りが表れるものです。普段の小さな言葉を丁寧にしたくなる句です。
この章句が説くこと
文章題壁人物眼力量日常
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