酔古堂剣掃 / 集峭・柔玉溫香觀想すれば白骨と成る
荷錢榆莢,飛來都作青蚨;柔玉溫香,觀想可成白骨。
新字:荷銭榆莢,飛来都作青蚨;柔玉温香,観想可成白骨。
書き下し
荷錢榆莢、飛び來れば都て青蚨と作り、柔玉溫香、觀想すれば白骨と成すべし。
現代語訳
銭のような蓮の若葉や楡の実も、欲深い目には飛んでくるものすべてがお金に見えます。柔らかな玉のような肌と温かな香りの美しい人も、心の中で見つめれば白骨になると観ることができます。
解説
欲と、それを断ち切る観法とを並べた、鋭い一則です。荷錢は銭のように丸い蓮の若葉、榆莢は楡の実で、形が銭に似ているので楡銭とも言います。青蚨はお金のことで、母虫の血を塗った銭を使っても必ず戻ってくるという伝説の虫の名から生まれた言い方です。後半の白骨の観想は、仏教の修行で、美しい人の体もやがては骨になると思い描いて執着を離れる方法です。欲の目で見れば自然の葉さえお金に見え、悟りの目で見れば美女さえ白骨に見える。ものの見え方は心しだいだということです。自分が何に目を奪われているのか、ときどき確かめてみる価値があります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
執着仏教欲望節制無常
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