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酔古堂剣掃 / 集峭・盤に水晶鹽有れば客を留むるに堪ふ

囊無阿堵物,豈便求人;盤有水晶鹽,猶堪留客。

新字:嚢無阿堵物,豈便求人;盤有水晶塩,猶堪留客。

書き下し

囊に阿堵物無きも、豈に便ち人に求めんや、盤に水晶鹽有れば、猶ほ客を留むるに堪ふ。

現代語訳

財布にお金がなくても、どうしてすぐに人に頼んだりしましょうか。皿に透き通った塩さえあれば、それでも客を引きとめてもてなすことができます。

解説

清貧の中にある誇りと、もてなしの心を詠んだ対句です。阿堵物は銭のことで、晋の王衍が銭という言葉を口にするのを嫌い、召し使いが寝台の周りに銭を並べると、この物をどけよと言ったという世説新語の話から生まれた言い方です。水晶鹽は水晶のように澄んだ塩で、粗末な食事の象徴です。お金がなくても人にすがらず、あるものだけで精一杯もてなすというところに、気骨と温かさが同居しています。もてなしの真心は、料理の豪華さではなく、迎える人の心にあります。手持ちが少ないときでも、人を大切にする気持ちは誰にでも差し出せるものです。

この章句が説くこと

清貧気骨交友もてなし自立

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この一句を、あなたの毎日に。

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