酔古堂剣掃 / 集醒・半瓢の粟を傾けて飢餓を濟ふ
費千金而結納賢豪,孰若傾半瓢之粟以濟飢餓;構千楹而招徠賓客,孰若葺數椽之茅以庇孤寒。
新字:費千金而結納賢豪,孰若傾半瓢之粟以済飢餓;構千楹而招徠賓客,孰若葺数椽之茅以庇孤寒。
書き下し
千金を費して賢豪に結納するは、孰れか半瓢の粟を傾けて以て飢餓を濟ふに若かん。千楹を構へて賓客を招徠するは、孰れか數椽の茅を葺きて以て孤寒を庇ふに若かん。
現代語訳
大金を使ってすぐれた人物や豪傑と交わりを結ぶことは、ひさご半分の粟を差し出して飢えた人を救うことに、どうして及ぶでしょうか。千本の柱のある大邸宅を建てて客を招き寄せることは、数本の垂木で茅葺きの小屋をこしらえて身寄りのない貧しい人をかばうことに、どうして及ぶでしょうか。
解説
見栄のための大きな出費と、困っている人へのささやかな施しとを比べた対句です。菜根譚にもほぼ同じ句があります。千金と半瓢の粟、千楹と数椽の茅という、極端な大小の対比が効いています。瓢はひさごで作った器、楹は柱、椽は垂木のことです。名士と交わったり客を集めたりするのは、結局は自分の評判を高めるための行為です。それに対して、飢えた人や孤独で貧しい人を助けるのは、見返りのない本当の善行です。同じお金や力を使うなら、本当に必要としている人に届くところに使うべきだという教えです。寄付や支援を考えるときも、目立つかどうかより、誰の役に立つかを基準にしたいものです。
この章句が説くこと
仁愛施し倹約処世名利
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