酔古堂剣掃 / 集峭・大通有れば必ず大塞有り
有大通必有大塞,無奇遇必無奇窮。
書き下し
大通有れば必ず大塞有り、奇遇無ければ必ず奇窮無し。
現代語訳
大いに運が開ける人には、必ず大いにふさがる時があります。めったにない幸運に出会わない人には、めったにない困窮もありません。
解説
人生の浮き沈みの振れ幅は、表裏一体であることを説いた対句です。通は運が開けて順調なこと、塞はふさがって行き詰まることです。奇遇は思いがけない幸運、奇窮はとびきりの困窮です。大きく成功する人は大きな挫折も経験し、平穏な人生には大きな幸運も大きな不運もない、というのです。これは運の良し悪しを嘆くのではなく、両者をひとつながりのものとして受けとめる態度を促しています。挑戦すれば振れ幅は大きくなり、守りに入れば小さくなります。今、大きな壁に当たっている人は、それが大きく開ける前触れかもしれません。逆境を大局から眺めさせてくれる言葉です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
逆境運命盛衰処世忍
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