忍経 / 総論・小忍ばざれば則ち大謀を亂る
哀公二十七年:「知伯入南里門,謂趙孟入之。對曰:『主在此。』知伯曰:『惡而無勇,何以為子?』對曰:『以能忍。』恥庶無害趙宗乎?」 楚莊王伐鄭,鄭伯肉袒牽羊以迎。莊王曰:「其君能下人,必能信用其民矣。」 《左傳》:「一慚不忍,而終身慚乎?」 《論語》:孔子曰:「小不忍,則亂大謀。」又曰:「一朝之忿,忘其身以及其親,非惑歟?」又曰:「君子無所爭。」又曰:「君子矜而不爭。」曾子犯而不校。戒子路曰:「齒剛則折,舌柔則存。柔必勝剛,弱必勝強。好鬥必傷,好勇必亡。百行之本,忍之為上。」
新字:哀公二十七年:「知伯入南里門,謂趙孟入之。対曰:『主在此。』知伯曰:『悪而無勇,何以為子?』対曰:『以能忍。』恥庶無害趙宗乎?」 楚荘王伐鄭,鄭伯肉袒牽羊以迎。荘王曰:「其君能下人,必能信用其民矣。」 《左伝》:「一慚不忍,而終身慚乎?」 《論語》:孔子曰:「小不忍,則乱大謀。」又曰:「一朝之忿,忘其身以及其親,非惑歟?」又曰:「君子無所争。」又曰:「君子矜而不争。」曽子犯而不校。戒子路曰:「歯剛則折,舌柔則存。柔必勝剛,弱必勝強。好鬥必傷,好勇必亡。百行之本,忍之為上。」
書き下し
哀公二十七年に、「知伯、南里の門に入り、趙孟に之に入れと謂ふ。對へて曰く、『主此に在り』と。知伯曰く、『惡にして勇無し、何を以て子と爲さん』と。對へて曰く、『能く恥を忍ぶを以てなり、庶はくは趙宗を害すること無からんか』」と。 楚の莊王、鄭を伐つ。鄭伯、肉袒して羊を牽き以て迎ふ。莊王曰く、「其の君能く人に下る、必ず能く其の民を信用せん」と。 《左傳》に、「一慚を忍ばずして、終身慚ぢんか」と。 《論語》に、孔子曰く、「小忍ばざれば、則ち大謀を亂る」と。又た曰く、「一朝の忿に、其の身を忘れて以て其の親に及ぼすは、惑ひに非ずや」と。又た曰く、「君子は爭ふ所無し」と。又た曰く、「君子は矜にして爭はず」と。曾子は犯されて校せず。子路を戒めて曰く、「齒は剛なれば則ち折れ、舌は柔なれば則ち存す。柔は必ず剛に勝ち、弱は必ず強に勝つ。鬥を好めば必ず傷つき、勇を好めば必ず亡ぶ。百行の本、忍を之れ上と爲す」と。
現代語訳
哀公二十七年の条にはこうあります。「知伯が南里の門に攻め入り、趙孟(趙襄子)に先に入れと言った。趙孟は『主君(知伯)がここにおられます』と答えた。知伯は『醜いうえに勇気もない、どうして跡継ぎにされたのか』と言った。趙孟は『恥を忍ぶことができるからです。そうすれば趙の宗家を損なうことはないでしょう』と答えた」。 楚の荘王が鄭を攻めたとき、鄭伯は肌脱ぎになり羊を引いて迎えました。荘王は「その君主は人にへりくだることができる。きっと民を信じて用いることができるだろう」と言いました。 『左伝』には「一時の恥を忍ばずに、一生恥じるつもりか」とあります。 『論語』で孔子は「小さなことを忍ばなければ、大きな計画を乱す」と言いました。また「一時の怒りで、わが身を忘れ親にまで災いを及ぼすのは、惑いではないか」とも、「君子は争うことがない」とも、「君子は自らを重んじても争わない」とも言いました。曾子は害されても仕返しをしませんでした。孔子は子路を戒めて言いました。「歯は固いから折れ、舌は柔らかいから残る。柔は必ず剛に勝ち、弱は必ず強に勝つ。戦いを好めば必ず傷つき、勇を好めば必ず滅ぶ。あらゆる行いの根本として、忍が第一である」。
解説

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