忍経 / 萬事之中,忍字為上
唐光祿卿王守和,未嘗與人有爭。嘗於案几間大書忍字,至於幃幌之屬,以繡畫為之。明皇知其姓字非時,引對曰:「卿名守和,已知不爭。好書忍字,尤見用心。」奏曰:「臣聞堅而必斷,剛則必折,萬事之中,忍字為上。」帝曰:「善。」賜帛以旌之。
新字:唐光禄卿王守和,未嘗与人有争。嘗於案几間大書忍字,至於幃幌之属,以繍画為之。明皇知其姓字非時,引対曰:「卿名守和,已知不争。好書忍字,尤見用心。」奏曰:「臣聞堅而必断,剛則必折,万事之中,忍字為上。」帝曰:「善。」賜帛以旌之。
書き下し
唐の光祿卿王守和、未だ嘗て人と爭ひ有らず。嘗て案几の間に大いに忍の字を書し、幃幌の屬に至るまで、繡畫を以て之を爲る。明皇其の姓字を知り、時に非ずして引きて對せしめて曰く、「卿の名は守和、已に爭はざるを知る。好んで忍の字を書す、尤も用心を見る」と。奏して曰く、「臣聞く、堅くして必ず斷え、剛なれば則ち必ず折る。萬事の中、忍の字を上と爲す」と。帝曰く、「善し」と。帛を賜ひて以て之を旌す。
現代語訳
唐の光禄卿(宮中の酒食を司る長官)王守和は、人と争ったことが一度もありませんでした。机のあたりに大きく「忍」の字を書き、帳や幕のたぐいにまで、刺繍や絵でこの字をあしらいました。玄宗はその名を知り、定まった時ではないのに召し出して言いました。「そなたの名は守和、争わない人だとは知っていた。好んで忍の字を書くのは、とりわけ心がけのほどが見える」。王守和は申し上げました。「私は、堅いものは必ず断たれ、剛いものは必ず折れると聞いています。あらゆることの中で、忍の字が最上です」。帝は「よろしい」と言い、絹を賜ってその心がけを表彰しました。
解説
唐の王守和が、身の回りを忍の字で埋め尽くしていたという話です。玄宗に呼ばれた王守和は、堅いものは断たれ、剛いものは折れるから、万事の中で忍が最上だと答えました。総論にあった、歯は剛いから折れ、舌は柔らかいから残るという言葉と同じ考え方です。名の守和は和を守るという意味で、玄宗はその名と行いが一致していることを喜びました。座右の言葉を目に見える所に置くのは、忘れやすい心がけを日々思い出すための工夫です。自分がつい失いがちなものを一語にして、机の前に掲げてみるのもよいでしょう。
この章句が説くこと
忍座右銘柔弱不争修身
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