酔古堂剣掃 / 集峭・愛は是れ萬緣の根
愛是萬緣之根,當知割舍;識是眾欲之本,要力掃除。
新字:愛是万縁之根,当知割舎;識是衆欲之本,要力掃除。
書き下し
愛は是れ萬緣の根、當に割舍するを知るべし;識は是れ衆欲の本、力めて掃除するを要す。
現代語訳
愛着はあらゆる縁のもつれの根であり、断ち切って捨てることを知らなければなりません。分別する心はさまざまな欲望のもとであり、力を尽くして掃い除かなければなりません。
解説
仏教の考え方をもとに、心を煩わせるものの根を示した対句です。愛は仏教で言う渇愛で、ものや人に執着する心のことです。萬緣はさまざまな因縁やしがらみで、執着があるからこそ人は多くの縁に絡め取られます。割舍は思い切って断ち捨てることです。識は分別する心の働きで、これは良いこれは悪い、あれが欲しいこれは嫌だと区別するところから、さまざまな欲が生まれます。もちろん、愛情や知識そのものを捨てよというのではありません。それがとらわれに変わったとき、苦しみの根になることを自覚せよと言うのです。悩みの根をたどると、自分の執着や分別に行き当たることは少なくありません。
この章句が説くこと
執着仏教愛着無欲修養
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