酔古堂剣掃 / 集醒・恩愛は吾の仇なり
恩愛吾之仇也,富貴身之累也。
書き下し
恩愛は吾の仇なり、富貴は身の累なり。
現代語訳
恩愛は自分にとっての仇であり、富貴は身にとっての煩いです。
解説
わずか十四字で、人がいちばん大切にするものの危うさを突いた一則です。恩愛は親子や夫婦などの愛情や情愛のことで、仏教では執着の源として捉えられます。人は愛する者のために心を悩ませ、判断を誤り、ときに道を踏み外します。その意味で恩愛は自分の仇だというのです。富貴もまた、守るための気苦労や、失う恐れを生み、身を縛る累いになります。もちろん、愛情や豊かさを捨てよという意味ではありません。それらが自分を縛るものにもなりうると知っておくことで、とらわれすぎずに付き合えるということです。大切なものほど心を乱すことがあると自覚しておけば、いざというときに冷静でいられるでしょう。
この章句が説くこと
執着恩愛富貴無常修身
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